おかげさまで、アゴ・首・背中・喉のハリと痛みは少しラクになりました。
あまりにつらくて、どんどんネガティブになっていって、泣きそうな日々でしたが、
ふとしたことがきっかけで、いきなりハイテンションになったら、
かたまっていたものが一気に流れ出した、そんな感じ!?
これまでのあのカチンコチンは何だったの~というぐらい一瞬で体が軽くなったの。

前に進む目標がはっきり見えたり、
「楽しもう」というワクワクした気持ちが、
私をプラスに転換してくれた。
私って単純・・・。
気持ちが動いたから、体が流れだしたのか、
体が動いたから、気持ちが流れだしたのか、
どっちにしても、ジメジメしている場合じゃないのデスっ!
ジメジメは我が家の畳だけで十分!

じっとイスに座って、時間の過ぎるのを待っていると、
いろんなことを考えてしまう。
考える時間は大事だけど、考えすぎてしまうと頭が固まる。。
体も頭も縛られてしまうと、心まで固まる。。

そんなときは、「一番底まで落ちて」やる。
そしたら、考えるのがしんどくなって、ネガティブな自分に飽きてきて、
「もうどうでもええやん」と考えることをやめる。
そしたら、勝手に浮き上がってくるのデス。
過去に底なし沼の「底」を知ってしまった私の、
不器用だけど立ち直る方法。

落ちていく自分を受け入れる。
「こんなんじゃあかん」ともがけば溺れる。
これって・・・自分を信じるってことなのかな??

浮き上がる軽さが心地よいのです。
その心地よさを知っているから、落ちていくことが怖くない。
ぐっ・・・そうやってどんどん強くたくましくなっていくんだろか。。

あと、手紙を書く。
文章にすると気持ちの整理ができるし、
さっきまで「苦しい、つらい、もうイヤ」って思ってても、
最後は前向きになっていたり、浮き上がるイメージができてたりする。

自分を受け止めてくれる人の存在は大きい。
落ちていくときは、いくら励まされても「でも・・・」となるけど、
受け止めてくれた安心感は、浮き上がる力をくれる。

書く、話す・・・
体を動かして、頭を自由にしてやることなんだな。

聞く・・・
受け止める人に、私は・・・なれるのだろうか。

自分一人の力では浮きあがれない。
最後に浮き上がろうとするのは自分だけど。

「つながり」

見えない糸でひっぱりあげてくれるのだね。
先月の陶芸教室で、湯呑みの削り作業をしていると、
先生から左右のバランスが悪いのでは?と指摘されました。
陶芸教室に通って10年近くになるけれど、
私が作る器はどれも左右のバランスが悪いのです。
ロクロを回しながら、横から見ながら削っているのだけど、
中心を取る作業も慎重にやっているのだけど、
気づけばいつもカーブのラインが違うのです。
円なのに。。ぐるっとまわして見ても。。
体が歪んでいるから? 心がひねてるから??

最初は「じきにできるやろ」と思い、
だんだん「これが私の“味”やねん」と開き直り、
手に持った時の違和感もないので、さらっと流してました(^^;)

気になるけど気にならない…気にしない?
形にこだわるより、お教室で過ごす時間が好きだし。。

で、次の湯呑を成型したら、やっぱり左右のバランスが悪いのです。
「なんでやろ?」と10年目にして立ち止まりました。

「長年やってくると、“ま、いっか”で済まされなくなってくる」
先生の言葉にドキっとしました。
「気になった時に、なんで気になったかのかなと考える事が大事」
またまたドキっとしました。

今の私と歌との関係が、まさしくそうだったから。

先月は、歌おうとすればするほど体がこわばって、本当に苦しかった。
音楽を聴くだけでも喉って使っているから、聴くのもしんどくて。
でも歌わないと体が忘れていくし…、声を出さないと出なくなるし…
ストレッチをしたり、小学生のように声を出して本を読んだり、
心に響いた言葉を書き写してみたり、ただ寝転がって脱力してたり…

でも、先生のコトバでふと気づいたの。
一番大事な芯の部分を忘れてた。
「何で今、レッスンを受けているのか」

先のイメージが曖昧なまま、結果ばかり焦って、
ただこなすだけになってはいなかったか。
それでは引き出しも増えないし、扉は開かないなって。
そんな時に引出しの中身をうっかりひっくり返しちゃったって感じ?

「あちゃー」って途方に暮れていた。ずいぶん長いこと。。

飛び出したものを、もう一度、ひとつずつ引き出しにしまっていこう。
どこに何が入っているかわかるように。
「ま、いっかで済まされなく」なって踏み出した時のことも。
このとっちらかって途方に暮れていた時間も。

“私”という楽器の音色になる。
感じた音を“声”で描く。

神様が私にくれた、大切な引き出しと音。
夕方、職場の窓の外を見ると、ピカッと光った。
よく見ると、黒い雲のかたまりの中心で雨が降っているのが遠くからでもわかる。

子どもの頃から稲光を眺めるのが好きで、今日もしばらく眺めてた。
時折雷がドドンと響く。

雨と雷を連れた黒い雲は確実にこっちに向かっている。
終業まであと30分。
案の定、会社を出て5分もしないうちに夕立に遭遇。

でも・・・
帰る方向の空が晴れていたから、目の前の地下道にもぐらず
雨の中を歩いて帰った。じきにやむから。

夕立のいさぎよさが好き。
ザァーーッと降って、ココロまでもきれいに洗い流してくれるよう。
傘なんかささずに、両手ひろげて駆け出したくなる。

そして何事もなかったかのように光が差し込む。
空気の汚れも洗い流され、街も木々も花も川もキラキラしている。

梅雨明け。

大阪の梅雨は、それほど雨が降りませんでした。
朝と夜中に降って、昼間はやんでることが多かった。
だからいつものように「やっと・・・」というのがなく、
あれ、もう?って感じ。
天気予報に合わせて、突然黒い雲が現れたような。。

なので我が「湿気ハウス」も今年はマシで、
今日、初エアコンで除湿しています。

私も梅雨明けだっ!
私もついでに除湿しちゃお♪
保湿は大事だけど。。。
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我が家のじゃが収穫!
梅雨明けの休日。
窓も扉も全開で、風を入れて、大掃除!
いい汗かきましたぁ。

時折風が通り抜ける。
自然の風がやさしい。
スーっと汗がひいていく。

エアコンの風は不自然。
冷たい風が気持ちいいのは一瞬だけ。
余計暑さを感じるから、どんどん冷やされていく。
そして、地球はどんどん温められていく。

休日、家にいるときぐらいは、自然の風の中で過ごしたい。
あまりにも静かで、畳の上でついウトウトお昼寝。

都会暮らしも今日から6年目。
自然を感じられるこの家でよかった。
今週は音楽week♪
ライブに行ったり、レッスンがあったり、ワークショップを受けたり・・・
音楽三昧です。ハードだけど幸せです。

カチンコチンに固まってた体をなんとかしたいと思ってたときに、
次々とアンテナにひっかかってきて、それが今週にかたまってたの。
そんなに全部欲張っても・・・と思ったけど、
「今やれ!」ってことなんかもって思って飛び込んだ。
答えを導き出す鍵が見つかるかもって。
次の機会に・・・って見送ってチャンスを逃したくなかった。
そんな「今」だから。

今日は、仕事をお休みして「BODYワークショップ」に参加しました。
声・リズム・楽器を使って、音楽で自分を表現するのデス。
リトミック的な動きや歌、ボディパーカッション、簡単な楽器演奏を
みんなで順番に体験して、1つの音楽を作り上げていきます。

オトナって、頭で考えるからダメね。
「ダメ」というコトバは不適切かもしれないけれど。
もっと素直に体で感じる!これが大事だとあらためて思った。
自分がノッてくると、自然にリズムが体に入ってくるから楽しい。
頭が解放されて、体が反応しているのがわかった。

日本人(アジア人)は、「間違っちゃいけない」と間違えることを恐れて、
「できてから・・・」と言うけれど、
間違える(できない)から習うのであって、間違え(でき)なければ習う必要はない・・・
という先生の言葉は、当たり前のことだけど、
ストンと私の中に落ちてきた。

「腑に落ちる」

丹田(おへその下9cmの所)は、呼吸の出発点。体の重心。
エネルギーの集まる大事な所。(武士の切腹は丹田を切るそうです)
だけど目には見えない。
「腑に落ち」たら安定する。

丹田を意識して呼吸をすることで、体のいらん所に力が入らないようにして、
安定した声を出す方にエネルギーを持っていくトレーニングにも挑戦しています。
これも考えてしまうと、余計な力が入ってできないのよね。
意識するけど、考えない・・・ムズカシイ・・・と考えない・・・
まずは「考えない」を考えることからの解放だわ

呼吸が浅くて、重心が不安定で、電車では揺れまくり。
見た目落ち着いてる(?)のに自分の中ではいつもふわふわ浮いてる。
神経ずぶといクセに、根性ナシ。
芯は強いはずなのに、すぐにへこむ。
揺れまくり、ブレまくりのワタシ・・・

歌ってても「息が吐けてない」とよく言われたし、
体がこわばってたのも「息を止めて」たからだった。

「呼吸」

あらためて意識したとき、腑に落ちる感じがした。コレだ!って。
腑に落ちる感じが、とてもラクな気持ちだった。
前に「落ち込んだときは一番底まで落ちてったら勝手に浮き上がる」って書いたけれど、
本当は、落ち込んだときは、気持ちがうわついてて落ち着きなくて、
浮き上がるときが「腑に落ちた」ときなのかも。逆の感覚?

今週、今月、いちどにバタバタっと吸収したことを、
自分のペース、自分の呼吸でひとつずつ「腑に落として」いこう。
腑にエネルギーを集めて、その力で前に進んでいく・・・そんな感じ?

いろんな角度から、音楽、呼吸、そして私自身と向き合えた気がします。

動くことで、いろんな関わりの中で、鍵をみつけて扉を開いていく。
扉の前でずっと立ち止まったままだと思っていたけれど、
無数の扉を開けて進んでたどりついたのが「今」。
無意識で進んでいるときもあれば、鍵を見つけるのに手間取って
長い間立ち往生してることもあって。。
つい焦ったり不安になるけれど、根気よく探し続けて進み続ける。
それが「人生」なのかな。

なんだか話が大きくなってきたわ。。

ひだまりパンなのに、音楽のことばっかり?
ひだまりの根っこが音楽でもあるのデス。。
私が私であるために・・・

パンも焼いていますよぉ。朝ごはん用に。
オーブンを使うと、小さな家がたちまち灼熱地獄になるので、たまに・・・ね。
パン作りには最適の季節なのだけど。。
エアコンを入れてパンを焼くのは、なんだか違和感があるし。

秋に向けて、いろいろ考えをめぐらせています。
頭がとろけそうになるので、ぼちぼちと。。。